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求め続けるもの(21) [長編]

「・・・・・さて、どうしたものか」

一向に目を覚ます様子のないユーリのベッドの横で

ラムセスは呟いた。



いつもなら隙を見せないユーリが無防備に目の前に

手の届く場所に居る。

しばらく見なかったせいか少しばかり

女っぽくなったような感じがする。



さあ早く目を覚ませ。

いつものような山羊のような瞳で俺を見ろ。



よく分からない期待が心を占めている。

それが可笑しくてフッと笑う。

女なんてどれも同じだと思っていたのに。






程なくユーリはうっすらと目を開けた。

だがラムセスが期待したものではない。

自分の姿を見た瞬間おお大きく目を見開いて

明らかに怯えていた。


「ユーリ・・・・?」




「何?此処はどこなの?」


「なっ・・・!!」


その様子はいつものユーリではなかった。




「ワセト」

「はっ!」

「いますぐ医師を!」

「承知いたしました」


ワセトはこれほど取り乱すラムセスを見たのは初めてだった。




かけつけた医師にもはっきりとした事は分からなかった。

ただわかったのはユーリが子供を宿していた事。



いろんな疑問が一気にラムセスの頭を巡った。

多分、父親はあの男(カイル)に違いない。

こんな状態のユーリを見捨てるような男ではない。

では何故ユーリは此処にいる?



求め続けるもの(20) [長編]

「将軍、村の者が謙譲したきものがあると

申しておりますが」

「たわごとを聞くほど俺は暇ではない。適当にあしらえ」

ラムセスの返答にすばやく行動するわけでもなく

ワセトは続けた。

「必ずや満足いただけるものだと申しております」

「たいそうな言いようだな。おまえはそれを見たのか?」

「いいえ。直接将軍にと」

「俺に満足という言葉はあてはまらん。が、そこまで言うのなら

面倒だが会ってやろう」

ラムセスは不敵な笑みを浮かべた。

退屈しのぎにはなるかもしれない。

こんな偏狭に追いやられ少々退屈であったのは事実だ。

心の奥の不完全燃焼のままのものが

引っかかっていた。



「俺に何を見せたいと?」

ラムセスは傲慢そうに椅子に座して訊いた。

「ご多忙の仲ありがたき幸せにございます」

「能書きはいい。つまらぬものなら許さぬぞ!」

「ははっ!!」

村人たちは怯えたように平伏した。

「これにございます」


丁重に運んでくるものにラムセスは息を呑んだ。



ユーリ・・・・。

思わず出そうになった言葉を何とか堪えた。

「将軍・・・」

ワセトも気づいたようだった。


「これは・・・?」

冷静を装い尋ねた。


「赤い河のほとりにて捕らえしものにございます」

「それでおまえたちの望みは?」

「畏れながら我らの待遇の向上を賜りたく」

「よかろう」

「お気に召していただきありがたき幸せにございます」


貢物をラムセスは自ら壊れ物を触れるように抱き上げた。



何故、ユーリが?

それは本人の口から聴けるであろうとこの時ラムセスは思っていた。


求め続けるもの(19) [長編]

「陛下に御子の事を話そうか迷いましたが

わたくしは出来ませんでした。

しばらく離れて落ち着いた頃に帰ってきて

頂けたらと思っておりました。

まさかこのような事になるなんて・・・」

ハディは言葉を詰まらせ泣き崩れた。

ハディは責められない。

すべては自分がした事。

結局ユーリを追い詰めたのは自分なのだ。

カイルはそう思った。

「陛下、どうかわたくしをアリンナに行かせて下さい。

ユーリ様が現れた時不安な思いをなさるかもしれません。

決して逃亡など考えておりません。どうかお願いいたします」


「ユーリを頼む」

「命かえましても!」


あの状況では楽観は出来ない。

見かけより赤い河は流れが激しい。

生きているとは・・・思えない。



「陛下、気休めかもしれませんが

天が遣わせしユーリ様がこのような事で

失われるとは思いません」


「そうであると願っている」

カイルは心からそう思った。





―赤い河の源流近く―

「この娘、肌は象牙色だ」

「俺もこんな娘は初めて見たぞ」


気を失い河に身を任せているユーリを

目の当たりにした民は数人がかりで地上へと引き上げた。


「死んでいるのか?」

胸の辺りに耳を押し当て確かめる。

「かなり弱ってるが生きてる」

「将軍に報告せねば・・・」

「女好きの将軍にか?」

「我々の待遇を良くして頂く機会やもしれぬ」


そんな会話も聴こえてこないほどユーリの意識は

深く沈んでいた。




求め続けるもの(18) [長編]

―ハットゥサ―

「陛下、ルファサ達が捜索にあたっております故

落ち着かれませ」

イル・バーニの言葉にも答えず、

カイルは椅子に座ったまま両手で頭を抱え

下を向いたままだった。

ユーリの安否を確認する事もなくカイルは諌められて

ハットゥサに帰ってくるしかなかった。


「一度は掴んでいたというのに・・・」

カイルは拳を握り締めて自分の不甲斐なさに怒り震えていた。


「陛下・・・」


「ハディを此処に」


「しかしながら・・・」

午後から謁見や会議の予定が入れられている。

それはカイルもわかっていたが思うように身体が動かない。

今はほかの事を考える余裕は無い。

「とてもこのような状態では正しい判断などできぬ。

どうしてもハディに尋ねたい事がある」


根負けするような形でイル・バーニは今日の予定を

キャンセルして時間を空けた。




「お呼びでございましょうか?」

ハディもユーリの事が気がかりで顔色が悪かった。


「ユーリはわたしの子が出来た事をどう思っていたのか?」


「ユーリ様は戸惑っていらっしゃいました」


やはりとカイルは落胆した。

あのような形で無理に契りを交わしたのだから

無理はない。

しかしそのような確固たる結びつきが出来た事をカイルは

心のどこかで嬉しさを感じていた。

子供の事を知った時、驚きも大きかったが

嬉しさがこみ上げてきたのも事実。

形はどうであれ本気で全身全霊をかけて愛した証。



「御子をお一人で育てる覚悟をされていたのです」

それ程にユーリに嫌われていたとは・・・。

カイルは指先を頭に食い込ませた。

「陛下の為にそうするべきだとお考えでした」

「どういう意味だ?」

「ご正妃をお迎えになる時、自分と御子がいれば

あだなすと思われたからです」

「バカな・・・、わたしはユーリ以外正妃を迎える気などない」

「陛下には強力な後ろ盾をもった姫を正妃に迎えて頂きたかったと

おっしゃっていました」




―回想―

「ユーリ様、如何なさいました!?」

床に伏せながら何度か嘔吐を繰り返すユーリを

見つけたハディは手にしていたものを放りなげて駆け寄った。

「・・・・・」

「すぐに医師を・・」

「・・・待って・・・」

ハディの腕を掴んで引き止めた。

「ユーリ様・・・?ここ数日また加減がお悪いのでしょう?

診て頂いたほうがよろしいのでは?」

ユーリは横に首を振った。

「陛下もご心配なさいます」

「病気じゃない・・・」

「もしや御子が・・」

ハディはようやく気づいた。

「・・・・・・・・・」

「陛下にご報告を。きっと喜んで下さいますわ」

「言わない!陛下はちゃんとしたご正妃もって頂かなきゃ。

あたしは足かせになりたくない」

「陛下はそんな風にユーリ様の事を思ってるはずは

ございません!」

「そうかもしれないけどあたしじゃダメ・・なの」

「ユーリ様」

ハディにもユーリの切ない気持ちが伝わってきた。

「だから密かに此処を出なきゃいけない」

「どちらに行かれるおつもりですか?そのようなお体で」

「でもこのままじゃ皇太后にも知られる可能性も

あるから。此処へは居られない」




















求め続けるもの(17) [長編]

「ユーリ!!」

カイルが駆け寄り跪いて両手でユーリを抱えるように掴んだ。

「今引き上げてやる!」

カイルがユーリを引き上げようと力を入れた時

足場の岩がぐらつきバランスを崩した。

両手で押さえていた状態から片手だけで支える格好になった。

「放して・・・、陛下まで・・・」

ルサファたちも手助けに行きたいが

足場が悪くこれ以上同じ位置に人が立つと

一気に崩れ去る恐れがあり近付けない。

ユーリの言葉に耳を貸さずに必死に引き上げようとする。

「放して!陛下!!」

「バカな事を言うな!」

「ごめん・・・なさい・・・」

ユーリの瞳から涙が零れる。

「謝らなければならぬのはわたしの方だ。おまえの苦しみに

気づいてやれず悪かった」

「・・・陛下・・・」

何も変わっていなかった。

皇子の頃の眼差しも優しさも。


『陛下を巻きこむわけにはいかない』

ユーリの唇がカイルの手に触れる。

「ユーリ・・・・」

ユーリはカイルの手を振りほどいた。

河に向かって落ちていくユーリは目を逸らすことなく

カイルを見詰めていた。


「ユーリ!!」

身体を乗り出し手を伸ばしてユーリの手を掴もうとするが

届かなかった。


「あなたを・・」

ユーリが何かを呟いたがカイルの耳には届かなかった。



大きな水しぶきが上がりユーリの姿が完全に消えた。



「ユーリ!!」


何度もユーリの名前を叫んだが返事はなく

赤い河が流れるのが見えるだけだった。



ルサファが素早くが後ろに引きずるように

カイルの身体を移動した


「ユーリを助ける!放せ!!」

「陛下、お静まりを!!」

ルサファだけでなくタロスや数名の兵士が

カイルを止めようと抑えるがそれを振りほどいて

元の場所に向かおうとする。

「陛下、ユーリ様の気持ちを無にされるおつもりですか!?」

ルサファの言葉にハッとするカイル。

カイルはユーリの唇が触れた左手を見詰めた。

「くそっ!!」



















求め続けるもの(16) [長編]

矢は幸い二人をかすめ大事には至らなかった。

しかしそれは最悪の始まりに過ぎなかった。

いつの間にか何者かに囲まれていた。

ヒッタイト領のアリンナに他部族など

進入できるはずは無い。

「何者だ!?」

カイルの表情が怒りに満ちたものに変わる。

「死に行くものに不要な事」

リーダーらしい男が言った。

「陛下、皇太后の私兵では?」

ルサファが耳打ちした。

『わたしが少数でアリンナに向かう事を知って

皇太后が差し向けたのか?ユーリがこのような状態では

応戦するのも難しい。どうする?』

再び緊張が走る。



「あたしが・・・引き付け・・るから突破を!」

そう叫んだのは馬に乗ったユーリだった。

いつの間に?そう思うほど迅速だった。


「ユーリ様、いけません。今無理をなさっては御子が・・」

ハディの言葉にカイルは愕然とした。

ハディはしまったと言う表情で口を塞いだ。

確かに子と聞こえた。

まさかユーリに子供が・・・?

じっとユーリの顔を見る。

戸惑いの表情にそれが真実だとわかった。

それなら何故ユーリがこんな無謀な事をしたか

理解できる。

「わたしとユーリの子が・・、本当なのか?」

「本当でございます」

ハディは観念したように認めた。

「ユーリ・・・」

『ユーリはその事をどう思っているのだろう?

ユーリの心を無視して強引に自分のものにした

その結果できた子を疎ましく感じているのか?

さっきわたしに話そうとしたのはこの事なのか?』




「陛下、どうやらただのならず者の集まりのようです」

射抜かれた矢を剣で落としながら言った。

カイルとハディの会話は他の者には

幸い聞こえていないようだった。

ルサファにはすぐに襲ってきた輩が小者であると

悟った。

剣を交えれば訓練された兵士であるかどうかくらい

判断できた。

「ユーリ、無理をするな!この程度の者たちなら

すぐに制圧できる」


馬で取り囲んだ者たちを蹴散らすユーリ。

やはり顔色は悪く額からは大量の汗が滴り落ちる。

カイルはユーリに無茶はさせたくなかった。

本当にユーリの中に子供が居るのなら

これ以上危険にさらすわけには行かない。


半分近く倒されると男達は蜘蛛の子を散らすように

逃げ出した。



「盗賊の輩でしょう。陛下の事も知らぬようでしたし」




『アスランじゃないから扱いにくい・・・』

そう思った瞬間、馬は暴れだした。

「ユーリ!!」

カイルが慌てて駆け寄る。

馬の足には矢が刺さっていた。


「誰かが馬に矢を・・・!」


それらしい者の姿は無い。

さっきの輩の流れ矢か・・・?


「陛下・・・、離れて・・・!」


ユーリがカイルを避けようと手綱を操ろうとした時

間が悪くバランスを崩し

馬が首を大きく振った事でユーリはそのはずみで

崖の端まで飛ばされた。

そこは少し傾斜がありユーリの身体は少しずつ

赤い河に向かってずり落ちていく。


















求め続けるもの(15) [長編]

「今度こそはハットゥサに連れて帰る!」

カイルは剣を握り直し繰り返した。

国を治めるにはナキア皇太后を廃位させ火種を

消さねばならない。

その為にはどうしてもウルヒという生き証人が必要だ。

今回は前と違ってカイルが一方的有利と言う運びではない。

「この目にも慣れてまいりました故、前と同じではありません」

前回は目を負傷してすぐで遠近感が取れず

あっさりと敗北したが持ち前の勘の良さで元の感覚を

取り戻していた。

心なしかカイルがおされ気味になる。

「部下に助けて頂かぬのですか?」

「おまえごときわたしだけで充分だ。それより

今日は雄弁だな」


「わたしにとって良き日になるでしょう。

故に楽しくて仕方がありませぬ。なにせ最大の敵である

貴方を滅ぼせるのですから」

「ジュダではこの国を治められぬ!穏やかで優しすぎるのだ。

何故わからぬ?たとえ皇帝になったところで皇太后の傀儡ではないか」

「後の事などどうでも良い事。わたしの望みはジュダ殿下が

皇帝になられる事のみ!さあ、もう話も終わりに致しましょう」

決着をつけようと促す。

「陛下!」

「ルサファ、手を出すな!皇帝が助けられたとあっては

いい物笑いの種だ」

「しかし・・・」

緊迫した状態が続く。


その時、ユーリが地面に倒れこむように何度も吐いた。

「ユーリ!!」

その瞬間、ユーリに気を取られてカイルは一瞬

警戒を解いてしまった。

ウルヒはそれを待っていた。


「わたしの勝ちですな」

勝ち誇ったウルヒの顔が見えた。


ウルヒの渾身の力こめた一太刀がカイルを襲う。

「陛下!!」

カイルを呼ぶ何人もの声が重なる。


最悪を想像する人々。


しかしウルヒの右手を小太刀がかすめ反動で

剣が地面に落ちた。



誰が!?



そう思って目を凝らすとユーリが腿の辺りにいつも

したがえている小太刀が消えていた。


とっさに投げた小太刀がウルヒの動きを阻止していた。


「・・・水を差して・・ごめんなさい」

息も苦しそうなユーリ。


「こうなればお二人とも一緒に消えて頂きましょう!」

すぐさま落とした剣を拾い上げてカイルに二太刀目を

浴びせよう試みた。

カイルも体勢を立て直しそれを受ける。


剣と剣のぶつかり合う音が繰り返される。


二人とも引かない。


息の詰まりそうな緊迫感。



それを破ったのは意外なものだった。


「陛下、崩れます!」

ルサファはハラハラと落ちてくる小石に気づいて叫んだ。


このために二人の間を分断するように岩が落ちた。

この状態ではさすがのカイルもどうすることも出来ず

またしても二人の決着は持ち越された。


ウルヒが岩の下敷きになったかは確認は出来なかったが

誰もが逃げおおしたであろうと思った。

口には出さなかったのはここまで追い詰めながらと言う

悔しさがあったからだろう。



「・・・ユーリ」

「陛下」

誰もが二人が惹かれ合ってる事は理解できた。

しかし二人の間には数々の問題が山積みされていた。



「ごめん・・なさい・・・」

ようやく立っているような状態のユーリに

カイルの視線は温かかった。

「陛下、ユーリ様をお責めにならないで下さい!

お叱りはわたしどもが・・・」

「怒ってなどいない。ただ理由を知りたい。わたしは無体な事は

しないと約束した。それなのに何故わたしから離れようとしたのか、

知りたいのはそれだけだ」


「・・・・・あたしの・・・」

ユーリがやっと話そうと口を開こうとした時

一本の矢が二人をめがけて飛んできた。


ようやく解けた緊張に誰もが油断していた。





























求め続けるもの(14) [長編]

『タロスがやけにユーリ様の体調を気にかけている。

それがなんだかひっかかる』

ウルヒは不自然さを見極めようと考えていた。

「あたしだって剣の練習はさぼってないから

それなりの相手はできるよ」

「今ご無理をなさっては・・・」

「平気だって!それよりウルヒを逃がさないで」

「ユーリ様!」

タロスの心配をよそにユーリはウルヒを捕らえる事しか

頭には無かった。

『絶対に捕まえる!!』

タロスとユーリが二人がかりでも

ウルヒはなんとか応戦していた。

ユーリの額から大量の汗が流れる。


「ユーリ様、体調が優れぬのですか?貴女らしくもない」

「余計なお世話だ」

そう言いながらもすでに肩で呼吸をしているほど

疲れているようだった。

「ユーリ様、お止めください!」

強引に腕を掴んでウルヒから遠ざける。



『どこか悪いのか?あれしきの事で

体力の消耗が激しすぎる』





「ユーリ様!!」

小競り合いをしている時、丁度カイル達が

到着した。ハディが出来る限り大きな声で叫んだ。


「・・・・ハディ・・・」

真っ青な顔で視線を向けた。

その様子を見てハディは駆け寄った。

カイルは驚いて立ち尽くしていた。


「ウルヒを・・逃がさない・・で・・・

ウルスラの汚名を返上しな・・いと」


「だからと言ってユーリ様が剣を振るわれるなんて!

何をなさっているのですか!大丈夫ですか?」

気分が悪そうに口を押さえる。

「・・・ユーリ・・、大丈夫か!?具合が悪いのか?」

ユーリの小さな身体を抱き上げる。

気のせいか少し軽くなった気がした。

間近で見るユーリの顔色は益々悪くなり

息遣いも荒くなってくる。

カイルは予想もしなかったユーリの状態に混乱しそうだった。

「平気・・・・だから陛下・・・、ウルヒを・・・!」

「ハディ、ユーリを頼む」

そっとユーリを下ろす。

「承知いたしました」


「皇帝陛下、少々早くお着きになりましたな。

もう少しで最愛のユーリ様が絶命される所を見れましたものを」

「そのような事は絶対させぬ!!ユーリはわたしの命に

代えても守ってみせる!!」


「冷静で賢帝と名高い貴方様がそのように大切にされている

ならば直の事、ユーリ様のお命頂きたく存じます」

「ウルヒ、おまえを今日を限りに好き勝手はさせない。

これ以上国を乱すことは許さぬ!」

「止められるものなら止められるがよい」

「言われるまでもない!ルサファ、周りを固めよ」

「はっ!」







求め続けるもの(13) [長編]

「どうしてウルスラは死ななきゃならなかったんだろう?」

「それは仕方の無い事でございます」

「人の命ってそんなに軽いものなの?

大きな夢の前では取るに足らないもの?」

「そうではありません。わたしもティトの死を乗り越えるのには

時間がかかりました。正確に言えばまだ出来ていません。

争いは悲しみや憎しみを生むだけです。ですが誰かが

世界を纏めなければ同じ事の繰り返しでございます。

今は悲しみに伏してる時ではありません。

ウルスラの事は心の奥に止めてそれぞれが笑い合える時代が

訪れた時に忘れず思い出してやるべきです」

「理屈じゃわかってる!でも納得できないの、

ウルスラの死は」

「時間が必要です。そのために貴女を此処にお連れしたのです。

しかし・・・」

タロスが話を続けようとした時、まさにその時だった。

低い笑い声と共に信じられない人物が

ユーリの目の前に現れた。



「わたしの悪運はまだまだ尽きないようだ」


「ウルヒ!!」

「何故此処に!?」


「逃亡せずにまだアリンナに居るなどと誰も考え付かぬ事」


「生きて・・いたの?」

見間違いでも幻でもない。紛れもなく目の前にいるのは

皇太后を崇拝し自らをも犠牲にする事も厭わないウルヒだった。


「生憎わたしはまだ死ねぬようです。その上このような所で

貴女と再会できるとは」


「下がれ、ウルヒ」

タロスがユーリを庇うように前に立ちはだかった。


「おまえは息子の仇だ。よもや忘れたとは言わさん!!」


「まだ形代を諦めていないの?」


「もうそのような事はどうでもいいのです。

皇帝陛下を破滅させる事など容易な事」

「どういう意味?」


「わかりませぬか?」

含み笑いを浮かべながらウルヒは訊いた。


「貴女が居なくなれば皇帝陛下のお心は崩れ去る!」

「陛下はそんな方じゃない!そのような弱い方じゃない」

「ならば試してみますか?」


「ユーリ様、貴女に何かあれば皇帝陛下に合わせる顔が

ありません。ウルヒから離れてください」



「えっ?」


「まもなく皇帝陛下が来られます。それまでにウルヒを

捕らえて御前に」


「何故、教えたの?」

「いつもでもこのままというわけには行きますまい。

ちゃんと話し合いをなさいませ」

「まだ会いたくない・・・」

「あの事は申しておりません。それは貴女が話すべき事です」



「どうやら皇帝陛下とイシュタル様は

仲たがいされてるようだが?」


「おまえには関係ない事!早く剣を抜け!」


「タロス、あたしも戦うわ。今度こそ捕らえてウルスラの

無実を証明しないとこのままじゃ可哀想すぎる!」


「皇帝陛下の御前で貴女の命を奪う、それも一興」


「黙ってやられるほどあたしはおとなしくないからね」


『先ほどまで眠ってる蕾のようだったユーリ様が

烈火のように怒りを髣髴させている。

まさにイシュタル(戦いの女神)。しかし今は静めて

頂かねば・・・』


「ユーリ様、いけません!」


「このままじゃ陛下とは歩いていけない!

自分で決着をつけたいの!!」


「しかしながら今貴女様は・・・」


「・・・・・」


「?」


タロスとユーリのやり取りを見ながらウルヒは

不自然さを感じていた。













求め続けるもの(12) [長編]

「やはりユーリ様はアリンナにいらっしゃいましたか」

「うむ。イル・バーニの読みどおりだった。

ハディたちに荷は検められん。その荷車にユーリは潜んで

タロスの元に向かったようだ」

「明朝、視察と言う名目で発たれるのがよろしいかと」

「そのようにいたそう」

「逸る気持ちはお察しいたしますが皇太后に

気取られてもいけません」

「みなまで言わなくてもわかっている」

「明日はわたしはご一緒できませんが首尾よく

運ばれる事願っております」

イル・バーニは軽く頭を下げて去った。


『ユーリの所在がわかってホッとしている反面

困惑しているわたしがいる。理由は知りたいが

もしわたしを否定するものならばそう思うと

心が騒ぐ』


「本気で人を愛すると脆くなる。失う怖さをしらしめられる。

それでも愛しいという気持ちは止められぬ。人間とは

不条理なものだ」


明日の再会で孤独な夜は無くなるのか?

それとも終わりない絶望が待っているのか?


「おまえは知っているか?わたしが眠れぬ夜を

過ごしてる事を。掴めぬものを望む切なさを抱えながら

朝を迎えてる事を」


悔しいほど美しい月を見ながらカイルは想いを巡らせた。


―早朝―

「このような早朝に皇帝が出掛けるとは何事か?」

皇太后は不審げに尋ねた。

「アリンナの視察にございます」

「これは妙な事。鉄を支配するイシュタル様が此処に

おられるのに今更何用か?」

「言われる事はごもっともではございますが

鉄の技術は諸国の羨望の的にございます。よからぬ事を

考える輩も少なくはございません」

「そのためにハッティ族の族長の娘達を女官として

召し抱えているのであろう?裏切りの予兆でも

あったのか?」

「決してそのような事はございません!陛下はそれほど

愚かではありません」

「側室の傍から離れられるようになられただけ

成長なされたという事か」

さすがにイル・バーニも気分を害したようだったが

それには触れず切り返す。

「そう言えば以前皇太后様にお仕えしていた隻眼の神官の

足取りが全く掴めませぬがよもやお知りではありますまいな?」

「無論、わたしが知るはずはなかろう。内乱を起こそうとしたのも

ウルヒが独断でした事。わたしには全く関係の無い事」

「いや、失礼いたしました。それではこれで」

皇太后の小さい舌打ちを余所にイル・バーニは

嬉しそうな顔でその場を後にした。


『疑念がこれで消えれば良いのだが・・・』

振り返ると笑みは消え難しい表情に変わった。




カイルはルサファとハディ、そして何人かの兵士を従えて

アリンナに向かって馬を急がせていた。



―アリンナ―

「早朝とはいえ目立ちまする。早く戻りましょう」

ユーリは黒い髪を隠すようにベールを被り

ウルヒが落ちた赤い河を眺めていた。

タロスが辺りを覗いながら声をかけた。

薄暗いうちから一時間以上も同じ場所に

何を言うわけでなく佇んでいた。


「お体に障ります」

その言葉にハッとしてようやく振り返る。


タロスの元には娘から連絡が届き

もうすぐカイルが来る事を知っていた。

しかしユーリには何も告げなかった。


「こんなとこから飛び降りるなんてウルヒはそんなにも

皇太后を守りたかったのかな?」

「わたしにはウルヒの気持ちは到底理解できませんが

あの男にとって皇太后様が何よりのよりどころで

あったのでしょう」


「命を賭けても守りたい存在という事?」

「さようでございます」











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