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求め続けるもの(11) [長編]

―夕刻―

暗がりで聞こえる三人の女の声。

「姉さん、このままじゃ動けないわ」

「わかってるわ。でもすぐ動くのは危険すぎる」

「ユーリ様のお体も・・・」

「しっ!」

ハディはリュイの言葉を制し辺りを見渡す。

「皇帝陛下なら何をおいても隊商に馬を走らせるはずなのに。

不自然だわ。気づかれてるのかも?」

「それだけじゃないわ。

時間が長引けば皇太后陛下のお耳にも入る可能性も

出てくるし」

「でも約束は数日だしどんな事があろうと

父が守ってくれるはずよ」



三人の会話を盗み聞く人物が一人。

「父?ではユーリはアリンナのタロスの所か?」

他ならぬカイルだった。

『今すぐにでもアリンナに飛んで行きたいが

それをユーリが好まぬならそれも出来ぬ。

追及しても無駄だろう』



―夜半―


「ハディ、リュイ、シャラ」

カイルは三人をユーリの部屋に呼んだ。


「姉さん・・・」

リュイとシャラは少し怯えたように言った。

ハディは黙って頷く。


「陛下、お呼びでしょうか?」

三人は動揺を悟られないように努めた。


「・・・・ユーリはどうして居なくなったと思う?」

「先日も申し上げたようにわたくしどもにも皆目

見当がつきません」

「では想像で構わぬ。申せ」

「・・・・・」

『陛下はもしやお気づきなのでは?』

「男のわたしより女のそなた達の方がわかるのではないか?」

その瞬間、明らかに三人は青ざめた。


無論、カイルもそれに気づいた。


「陛下、お尋ねしたい事がございます」

カイルは出来る限り冷静に答えた。


「よかろう」



「ありがとうございます。恐れながら・・・」

ハディは意を決したように話し始めた。


「陛下はユーリ様の事をいかように

思われていらっしゃいますか?」


「誰よりも愛しいと思っている」

それは嘘偽りの無い真実。


「陛下は先ほど同じ女であるならユーリ様の気持ちが

分かるのではとおっしゃいました。ユーリ様が陛下と

共に歩むと言う事がいかに大変な事かとご承知でしょうか?」


「それはユーリに無理な事を強いると言いたいのか?」

カイルの表情が少し厳しくなる。

「ご無礼は充分承知しております」

「わたしはすべてを含めて共に歩んで生きたいと

思っている。それが如何に困難な事であるかもわかっている。

だがそれに似合ういやそれ以上の気持ちで心で応えていく。

そう考えている」


「わかりました・・・」

「姉さん・・・」

止めるようにリュイとシャラが言った。


「差し出がましい事を申しました。ユーリ様はアリンナの父の元に

おります。理由はご本人にお聞きくださいませ」

「よくぞ話してくれた」
























求め続けるもの(10) [長編]

―早朝―

「陛下、諸外国の仕業の可能性もございます」

側近の居並ぶな中でイル・バーニが重い口を開いた。

「もしやエジプトが・・・」

ルサファがまたかと言う顔で言った。

「それはないだろう。あのラムセスが姑息な手段を

用いるとも思えない」

カイルはすぐに否定した。

「それに外国人の出入りがあれば目立つはずでございます」

カッシュも補足する。

「先ほど調べましたところ食料を乗せた荷車が

何台か丁度一時間ほど前ここを出た事がわかりました」

「イル・バーニ!」

ならばこんな所で話してる場合ではないだろうという視線。

「勿論、内密に部下に行方を追わせております」

カイルの言葉を抑えるように言った。

「向うは隊商か?」

「多分そうでしょう。もし違う方向ならクロと見るべきでしょうな。

今やイシュタル様を知らぬ者は居ないほど諸国にも

知れ渡っております。そのような方を連れ去り

何をしようと言うのか?イシュタルの恩恵を

賜おうという浅はかな考えか?このヒッタイトを

混乱させようと言う企みでございましょうか?」

程なくして部下から報告が入った。


「不審な様子はなさそうですがきっと尻尾を出すはずです。

今しばらくご猶予を」

「陛下、ユーリ様は本当に隊商にいらっしゃるのでしょうか?」

ハディは心配そうに訊いた。

「もしそうならわたくしたちをそちらに向かわせてください」

シャラとリュイは今すぐにでもユーリの傍に行きたいと懇願した。

「・・・・・・」

「陛下・・・?」

「今はまだ待て。はっきりするまで動く事はならん」

「は、はい」

気圧された様に三人は言葉を詰まらせた。



『此処に居るものは側近中の側近そのような事は考えたくは

無い・・・が』



「わたしは自分の部屋の戻る。報告はそこで待つ」





「・・・どう思われますか?」

イル・バーニは二人になるのを見計らって声をかける。

「わたしの心の中にはある疑惑が渦巻いている」

「・・・・・・」

「わたしは側近の人材を違えたと思うか?」

「いいえ」

「では何故ユーリは誰に見咎める事もなく外に出れたというのだ?」

「恐れながらこれはあくまでわたしの推論ですが

陛下と二分するほどユーリ様は才に長けておられる。

多くの者の眼をかいくぐって行く事など造作も無い事かと」

「ユーリはわたしを欺くためにこの一ヶ月過ごしていたのだろうか?」

「わたしは女性に関して得意ではございませんが

ユーリ様がそのような企みをされるか否かはわかっております」

「ハディたちが嘘をついている可能性は?」

「あの者たちがユーリ様を危険に晒すような事はするとは

思えません。しかしながらユーリ様が何かを申されたのだと

すれば有り得ますな」

「そう簡単には口を割るまい。ある意味ウルヒより厄介だ」

「ですから罠をしかけたのです。わたしとしてはあまりこのような事は

好みませんが。しかしながらユーリ様の失踪はいつまでも

隠しおおせるものではありません。」

「わたしはここ数時間ずっと考えていた。誰かがユーリのために

このような事をやったのであればよほどの理由があるはず。

それにユーリがこのようなやり方を選ぶとは考えがたい。

あれはまっすぐな性格だからわたしの元を去りたいのなら

直接言うはずだ。今までユーリと暮らしてきてそれくらいの事は

わかっている」

「どうであれこのままユーリ様が居なくなられるわけには

参りません」

「わたしはもうユーリを縛りつけようとは思わぬ。ただ何かあるのなら

本人の口から聞きたい。そうでなければ納得できない」

「ごもっともでございます」





求め続けるもの(9) [長編]

「陛下はユーリ様に会われたのは何時間前ですか?」

「何故そんな事を聞く?」

「いえ、別に」

歯切れの悪いイル・バーニの言い方にカイルは疑問に

感じながらも答えた。

「わたしがユーリに会ったのは今朝だ。それ以降は顔を

合わせていない」

「居なくなられたのは一時間前でなく半日前という可能性も

ありますな」

「それがどういう意味かわかっているのか?」

イル・バーニは小さく頷いた。

ハディたちはあれから一時間以上三人揃って

ユーリから目を離す事等なかった。

何か用むきがあるなら誰か一人はユーリの傍にいるはずだ。

三人ともユーリを見失うなど考えがたい。

「このままという訳にはいきますまい」

確かにこのままだとユーリの失踪は明るみに出てしまう。

「わたしなりに探らせて頂きますが異存はありませんか?」

カイルは頷いた。




「最近、イシュタル様をお見かけしませんが

あのような下賎な娘が繊細な神経を持ち合わせてるとも

思いませんが。もしや逃げられては困るので

監禁でもされているのか?」

皇太后は低く笑った。

その言葉にカイルは内心ドキリしながらも平静を装った。

「ばかげた話です」

「皇帝ともあろうものが女一人意のままにならぬ等と言う

こっけいな事ありますまい」

「・・・・・・」

「こちらとしては宮が汚れなくて有り難いが」

「下賎という言葉は取り消して頂きたい!

ユーリを貶める事で貴女自身が民衆の反感を買う事にも

なりかねません」

「異国から来た娘も偉くなられたものだ」

「ユーリは自分で此処まで頑張ってきた。

それを皆が認めただけです。生まれや国は関係ない」

「法を曲げても正妃にされる気か?

今まで積み上げてきた名声も努力も小娘一人のために

捨てるおつもりか?」

「それは今決める事ではありません。わたしはこれで」

皇太后の表情が少し歪んだ事をカイルは見過ごさなかった。

やはり皇太后は今回の事には加担していない。

もし関わっているのならわざわざユーリの事を持ち出すほど

愚かではない。


外国の諸国が関与してる可能性が低い。

となればやはり内部の者が関わっていると言う事か。



その夜半にイル・バーニがカイルの部屋を訪ねた。

「それは事実なのか?」

信じられない内容に念を押すように訊いた。

「間違いございません」

「信じられぬ・・・」

カイルは言葉を失った。

「ついては明日詰問したいと思いますが」

「ユーリの身の危険はほぼ無くなったが・・・」


雲に隠れようとする月を見ながらカイルは溜息をついた。















求め続けるもの(8) [長編]

カイルは急く思いでユーリの部屋を訪れた。

ハディたちが言うように其処に居るべき主はなく

静観とした雰囲気が漂っていた。

静かに腰を下ろしユーリが横たわっていたであろう場所を

指先で触れる。

シーツに残る微かな移り香を愛おしそうに感じながら

目を閉じた。

求める事を止めない心。

無理強いはしない

ただ傍に居てくれるだけでいい

そう思っていても愛される事を求めてしまう。

自分を求めて欲しいと願うのは

人としての性(さが)。

「ユーリ・・・・」

『一体何があったのだ?』

ぬくもりを確かめるようにカイルはベッドに身体を沈めた。

無論、其処には温かさ等残っていない。

色々なユーリの顔を思い出した。

『カイル皇子』

屈託なく笑う無邪気な顔。

『このままじゃ還れない』

抱きついて泣き崩れた顔。

ユーリを本気で愛した事で人の気持ちが

以前より理解できるようになった。

整える為に正妃を迎えるなど無意味だと言う事。

自制心を揺らがすのはユーリだけだと言う事。

『今度こそ誓おう!

ユーリが別の生き方を望むのなら

なんとしても叶えてやろう。

ユーリの幸せを最優先に考えてやろう。

たとえそれで二人が別れる事になっても

わたしは後悔はしない!』




「陛下・・・・」

キックリが困ったような顔で少し離れた場所で立っていた。

「わかっている。政務にこれ以上支障を来たすつもりはない」

ゆっくりと身体を起こし立ち上がる。


現実に引き戻される瞬間、虚しさを感じる。


大きな野望の前には女の事など取るに足らない問題だろう。

だが自分の心の大部分を占めているのは

まぎれもなくユーリ。

このままでは前に進む事も出来ない。

決着をつける時期が来たのだと確信した。




















求め続けるもの(7) [長編]

「一時はどうなるかと思ったが落ち着いて

こられたのならそれにこしたことはない」

ハディに二人の様子を聞きながらイル・バーニはホッとしたように

息をついた。

「ユーリ様の表情も穏やかになられてきました。

陛下も二人で過ごされてる時間は険しいお顔をなさっておりません」

「元よりお互い惹かれあっておられるのだから

時間が解決してくれるであろう」


イル・バーニが期待したような展開ではない事態が

訪れようとしていた。




「ユーリが消えた・・・?」

ハディの言葉が信じられずカイルは身体に

電撃が走ったようなショックに襲われた。

「陛下、くまなくお探し致しましたが

どこへもいらっしゃいません・・・」

ハディも困り果てた様子で焦りを隠せない。

「そんなはずはない!この宮から誰にも気づかれず

外に出るのは不可能だ。きっとまだこの宮の何処かに

いるはずだ」

「解せませんな」

イル・バーニも首をひねった。

「もしや皇太后様が・・・」

「それは考えづらい。そのような目立つ事をあの皇太后が

するとは思えぬ」

「ユーリ様が此処から消えねばならぬ理由がございましょうか?」

「ありえぬ!!」

『もしやわたしを嫌って・・・』

カイルはその考えをすぐに打ち消した。

『ユーリの事になるとわたしは冷静な判断ができない。

ハディたちの眼を盗んで誰かが連れ去るなど考えがたい。

ではユーリの意思で此処を出たと言う事か?

いや、皇太后がまた『黒い水』を用いてわたしの側近を

操ったのか?しかしそのような気配は感じられない』

「陛下・・・・」

「ハディ、ユーリを最後に見かけたのはいつだ?」

「ゆっくりお休みになられてるご様子でしたので

一時間ほど下がらせていただきました」

「ユーリはそのような時間に眠っているのも

納得しがたい」

「眠り薬でも飲まれたといわれるのですか?

わたくしどもはユーリ様が口にされるものは細心の注意を

払っております。そのようなことは・・・!」

「ハディ、何も陛下はおまえたちを疑ってるわけではない」

「申し訳ございません」

「この事は外部に特に皇太后に知られるわけにはいかぬ。

どういう事態であれわたしの手からユーリが離れたと知れたら

身が危険にさらされる。もしこの話がいち早く広まったら

皇太后がかんでると見て間違いないだろう。わたしの不甲斐なさを

追及できるかっこうのネタだから。そうでない場合、他の可能性を

考えねばならん」

「他の可能性・・・」

「・・・ユーリがなんらかの理由で自ら此処を出たと言う事だ」

カイルはそうであってほしくないと思いながら続けた。

「イシュタルという生き方を棄て別の道を選んだかもしれぬ」

『ここ一ヶ月ほど見せていた顔はわたしを油断させるためか?

いや!ユーリはそんな女ではない!!何か訳があるのだ。

そうでなければユーリがわたしの前から消える事など

絶対無い!』

カイルは心の葛藤と必死に戦っていた。














求め続けるもの(6) [長編]

『わたしの言葉に偽りは無い。ユーリをわたしは必要としている。

柵などかなぐり捨てて一人の男としてユーリが欲しい!』

「皇帝陛下」

「ハディか」

何が言いたいかはすぐにわかった。ユーリをこれ以上傷つけないで

ほしいと言う願いであると。

「ご無礼を承知で言わせて頂きます。どうかユーリ様の事は

今しばらくご猶予を」

「昨日も申したはず。これ以上逆らえば女官長の任を解く」

「どうかお願いでございます!」

今回はハディも引き下がらない。

「女官長に背かれたとなればわたしの顔が立たぬ」

「わたくしの処遇はどのようにされても構いません。

この命をご所望ならば今此処で・・・」

ハディは懐からナイフを取り出し自分の咽喉元に

狙いを定めた。

「ハディ!」

「わたくしどもはユーリ様に命を救われなければ

此処に存在しておりません。わたくしの妹たちも

同じ考えでございます」

ハディは自分だけでなくリュイとシャラの命も懸けていると

言葉に含ませた。

「わたしの宮を血で穢す事はならぬ」

「ではわたくしたちの願いを叶えて下さいますか?」

「・・・・・・」

カイルは辛そうに顔をゆがめた。

これ以上無理にユーリを抱いても虚しいだけだと

わかっている。だが一度知ってしまったぬくもりを

なかったことには出来ない。

「ユーリ様が悲しむのは陛下の本意ではないはずです!」

確かに肉体の欲望だけなら他の女でも構わない。

渇望しているのは心なのだ。

あの頃は身体の結びつきをそれほど望んでいなかった。

愛されてる自信があったからだ。

もう一度あの頃に戻れれば・・・。

わたしたちはやり直せる。



「・・・・わかった。今後はユーリが心を開いてくれるまで待とう」

「ありがとうございます!!」

ハディは涙を流しながら礼を述べた。

「だが此処から離れることは許さない!」

ユーリと離れて暮らす事はどうしも我慢できなかった。

怯えられても否定されても傍にとどめておきたかった。


うつ伏せで横たわるユーリの横に静かに腰を下ろす。

そっと漆黒の髪に触れるとユーリの身体がビクリと反応した。

「わたしはもうおまえの望まぬことはしない。約束しよう。

だが悪かったとは謝らぬ。それで許されるとは思っていない。

奪ってでもおまえが欲しかった。言い訳するつもりもない。

しかし此処を離れるなどとは考えないでほしい。

ただ傍にいて欲しい。それがわたしの唯一の願いだ」

「・・・・・・・・」

「勝手な言い分だがおまえが心を開いてくれるのを

待つと決めた。話はそれだけだ」


話が終わるとカイルはユーリの部屋か退出した。



『どうしても取り戻したいものがある。

一生かかってもいい。

そのためにはこの国を守らねばならぬ』


カイルは国の繁栄のために身を削る決意を更に固めた。


















求め続けるもの(5) [長編]

「ユーリを此処から出す事は許さぬ!!」

カイルは部屋の見張りの兵に強く命じた。


「皇帝陛下」

「イル・バーニ、そなたの言いたい事など

聞かぬともわかっている」

「ならばよろしゅうございます」

軽く会釈をしてカイルの後ろについて歩く。

向う先は元老院の待つ議会場。

「よほど寵妃と過ごされるのが楽しいようでございますな。

会議の時間はとうに過ぎておりますが」

元老院の一人が皮肉いっぱいに言い放った。

「まこと皇帝ともあろうお方のなさる事とは

思えませぬ。器が知れましょう」

ここぞとばかりにナキア皇太后が口を挟んだ。

「歴史の中には女が少なからず影響するもの。

そうは思われませんか?皇太后」

カイルの含みのある言い方にムッとして

ナキア皇太后は椅子に座りなおした。

『私の事を言っているのか、カイル』



「今日の議題を述べよ」

ざわついた議会が一瞬にして沈黙する。

若き皇帝の凄みに反応した。


「諸国は今表面上平静を保っているようでございますが

いつ何時また戦が始まるやもしれません。

陛下がお止まりでない時はヒッタイト王国を

内から守るべきものが必要かと思います。

ついては一日も早く正妃をお迎え下さり

世継ぎを成して安定して

頂けるようわれらは要求いたします」


「今はその時期ではない」


「しかしながらいつまでも正妃が空位のままという

訳にはいきません。陛下はどうお思いか?」


「今更語る必要もないであろうがヒッタイトの正妃は

各国のそれとは異なる重要な地位。だからこそわたしは

慎重を期したいのだ」

「確かに陛下のご意見はごもっともなれど

次期皇太子殿下をきっちりとした立てねばこの国の混乱

いえ内乱の原因ともなりかねません」

『わたしに何かあれば次の皇帝はジュダだが

皇太后はそんなことのためにわざわざ議会を

開いたとも思えぬ。正妃を迎えわたしに子ができればジュダは

継げぬ。何が目的だ?』

「用向きがそれだけならばもうよい」


「くどいようでございますがどうか今日の事はお心に

お止め下さるようお願いいたします」


「閉会!」


カイルの言葉で元老院は散会した。


「皇帝陛下、貴方といえど無理を通してイシュタル様を

正妃に据えること等できますまい。元々わたくしがこの世界に

引きいれたもの。いい加減お返し頂きたい」

「まだ呪詛を諦められていらっしゃらぬのか?」

皇太后は首を振った。

形代としての役割などどうでもいいこと。

これ以上カイルの名声を高めるわけにはいかない。

「わたしにもこのヒッタイトのおいてもユーリは

不可欠なものとなった。貴女が否定しようとも

民衆は同じように思わぬはず」

皇太后は唇をかむと何も言わず立ち去った。

求め続けるもの(4) [長編]

「陛下がこれほどまでにユーリ様を溺愛されるとは・・・。

私の範疇をも越えてしまった」

イル・バーニは大きなため息をついた。

ほぼ一日ユーリの部屋に篭ったまま大事な会議にも

顔を出す気配もない。

「わたくしも信じられません。あの冷静かつ沈着なカイル様が

これほどに盲目的になられるとは」

キックリも同じ意見だった。

「イル・バーニ様、お願いいたします」

ハディは深く頭を下げた。

「ハディ・・・・」

「陛下の不安なお心はよくわかっております。

でもユーリ様はそれ以上に心を痛められています」

「陛下はただ一人の女性を見つけられた。しかし皮肉にもその方は

正妃になるべき器を持ちながら資格を持たれていないユーリ様。

陛下はユーリ様をご自分の国に還すと言う辛い決断をされた。

しかし過ごされる時間が長くなるにつれ迷いが出てこられた。

そしてあのような手段を取られてしまった。

それ程にユーリ様を望む気持ちが強かったという事なのだろう。

出来ればこのまま仲むつまじくすごして頂きたいのだが」

「それは無理だと思います。ユーリ様は陛下を誰よりも大切に

想っていらっしゃいますがウルスラの死と言う大きな出来事が

どうしても納得できなくて陛下の心を見失いかけていらっしゃった。

そのわだかまりを取り去ることなく陛下を受け入れなかったのです。

このままではユーリ様のお心は・・・・・」




「ユーリ・・・」


どんなに身体を重ねても満たされない。


欲しかったのは心。

見たかったのは太陽のように癒される笑顔。



「何故私を見てくれぬ?受けてとめてくれぬのだ?」

苦悩に満ちた表情で脱力して横たわるユーリに問いかける。

『ウルスラを犠牲にした陛下・・・

あたしの気持ちを無視して強引に奪った陛下。

ついていけない・・・・!』


「おまえが望むならどんなことでも叶えよう」


「では・・・あたしを解き放ってください」


「だめだ!!」

今まで一度も見せた事の無いカイルの怒りに満ちた顔。


「陛下はなんでも叶えて下さるとたった今言って下さったでは

ありませんか」


「わたしから離れることは絶対に許さない!

それに此処を離れて何処へ行こうというのだ?

ヒッタイトにおいてわたしの眼がが届かぬところはない。

日本にはもはや還れまい。それとも国外に逃れようというのか?

ラムセスを頼るつもりか?」


「・・・・陛下・・・・」

両手でユーリの腕をつかみながら激しく追及する。


ユーリにはカイルの焦る気持ちが分からなかった。

カイルはユーリを力の限り抱き締めた。


「何故わたしの想いは届かぬ?ただ一言傍に居ると言っては

くれないのだ?」




























求め続けるもの(3) [長編]

「それはまことか?」

少し困惑したような表情でナキア皇太后がウルヒに尋ねた。

「まとこでございます」

淡々と答えるウルヒ。

「あの冷静なカイルがそのような事をするとは

よほどあの小娘に入れあげているとみえる。にわかには

信じられぬがそれが本当ならばあの二人を引き離す事は

容易な事。わざわざ策を弄する必要も無い」

「御意にございます」

ナキア皇太后は口元を緩めた。



「ユーリ様、どうか一口でも召し上がってくださいませ」

並べられたご馳走にも目を向ける事もなく

ユーリはどこか虚空を見詰めるだけで何も言わずに

床に座り込んだままだった。

『何もしたくない・・・。何も考えたくない・・・』

「朝から何もお口にせずこれではお体を壊してしまいます」

ユーリは小さく首を横に振った。

「ユーリ様!」

三人の心配する声もユーリの心には届かなかった。





「陛下!」

その言葉にユーリはハッとして身をすくめた。

今は会いたくない!

これ以上混乱したくない。


「下がれ!」


「ですが・・・」

ハディが困ったような顔で言葉を続けようとした時


「わたしの言葉に従わぬ部下は必要ではない!」

「お待ちください!それだけはどうか・・・」

皇帝であるカイルには逆らえない。

これ以上意に背けば女官長の任を解かれ

ユーリとも二度と会えなくなる。

それだけは避けたかった。

「ならば直ちに此処を立ち去れ」


ハディたちは頭を下げてユーリの部屋を後にした。



「何故食べぬ?」

カイルの顔が隙間がないほど近づいた。

「・・・・・陛下・・・」

怯えたように後ずさりをする。

しかしそれも限りがあった。

部屋の壁に阻まれた。

「それ程にわたしの事が嫌いなのか?」

ユーリは恐怖で大きく首を振った。

カイルの表情が苦悩に満ちたものに変わる。



「わたしたちは夫婦としての契りを交わした。

この髪もこの唇も小さき身体もわたしのものだ」

カイルの長い指がユーリの髪に絡みつく。

「いや・・・」

「何故拒む・・・?」

「やめて・・・」

「わたしを拒否などさせぬ!」

男としての顔がユーリを戸惑わせる。

「どうして・・・?」

『あの優しかった陛下がどうしてこんなにも変わってしまったの?』

ユーリは理解できなかった。

それはカイル自身も理解できない感情だった。

無理矢理こんな行為をする等愚行とわかっていた。

ユーリが心を開いて受け入れてくれる日を持つつもりだった。


『わたしはどうしてしまったのだろう。自分を抑制できない』

心を繋ぐ事ができぬならせめて身体を繋いでおきたい。

こんな行動を取らせるのはそんな考えが頭を巡らせているからだ。






















求め続けるもの(2) [長編]

「ユーリ様!」

カイルが部屋を去りしばらくするとハディが

慌てた様子で飛び込んできた。

「・・・・・・」

ユーリは返事をするわけでなくうつぶせのまま拳を

握り締めていた。

「ユーリ様!」

シュラとリュイも声をかける。

裸体を覆うようにシーツをかけた。

「まさか陛下がこのような・・・」

「どうして来てくれなかったの?」

ようやく上げた顔は涙で濡れていた。

「私どもはイル・バーニ様に御用を仰せつかり・・・」

「言い訳なんて聞きたくない!」

「・・・・ユーリ様・・・・」

「陛下も男の方で・・・。でも決して傷つけるつもりでは・・・」

「愛してるって言う言葉でなんでも許されるわけじゃないよ!」

ハディはカイルの気持ちもユーリの気持ちもわかっていた。

『身体よりも心が痛い・・・。陛下が無理矢理あんな事を・・・』

「誰にも会いたくない!一人にして!!」

三人は仕方なく部屋から出た。



「陛下が理性を失われてあんな事をなさるなんて」

シュラが大きなため息を落とした。

「ユーリ様だって陛下の事をお慕いなさってるわ。

でもまだお心が定まっていらっしゃらない。陛下と母国の間で

悩まれていたのよ。そして陛下もそれでお心を痛められていた」

「姉さん、お互い好きなのにどうしてうまくいかないのかしら?」

「お二人だけの問題ではないから。ヒッタイトという国の行く末が

関わってるから簡単には答えは出せないのよ」

「今度の事だってユーリ様以上に陛下が心を痛められている

と思うわ。陛下がどんなにユーリ様を大切に想われてるか・・・」



カイルは自分の部屋でワインを飲んでいた。

耳に残るユーリの悲鳴に近い声。

満たされるどころか罪悪感が心を占める。

「それでもユーリを手放したくなかった・・・」

手で額を押さえる。



その様子をイル・バーニとキックリがこっそりと見ていた。

「陛下があのように落ち込まれる姿など今まで見た事が

ありません。本当にこれでよかったのでしょうか?」

「ユーリ様はこの世界に不可欠なお方。手段はどうであれ

此処に止まって頂かなくては。何度か二人で夜を過されれば

情もわいてこられよう」

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